宮古湾海戦


宮古湾海戦

宮古湾海戦(みやこわんかいせん、明治2年3月25日 (旧暦) 3月25日(グレゴリオ暦1869年5月6日))は、箱館戦争(戊辰戦争)の戦闘の1つで、盛岡藩の宮古村(現在の岩手県宮古市)で発生した。通常の海戦と違い、「敵艦に乗り込み、奪い取る」という、近代以降では世界でも数少ない戦闘事例である。当時、この作戦は"アボルダージュ"(英語ではBoardingの意味)と呼ばれていた。東郷平八郎も、新政府軍の軍艦春日にて参戦している。
1869年(明治2年)、江戸城無血開城に対して徹底抗戦を主張した榎本武揚らは旧幕府艦隊と共に江戸を離れ蝦夷地(北海道)の箱館(北海道函館市)を中心に蝦夷共和国を設立したものの、旗艦の開陽丸 開陽を暴風雨で喪失し、海上戦力で新政府軍に対し劣勢に立たされていた。


by WIKIPEDIA

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